『2点差の勝利』

U25AC・Jキャンプ国際担当原田麻紀子からの9日目の現地の様子が届きました。
(更新が遅れてしまい、すみませんでした。)

大会最終日。5位決定戦、ドイツとのリベンジ戦、そしてフレッシュジャパンの総決算の日。

今日は再び1時15分からの試合でしたが練習時間が割り当てられなかったので、朝は遅めの食事にし、10時からゲームプランミーティングを行いました。ドイツ戦に臨むにあたっての注意点などを確認したあと、今日はなでしこジャパンの北京オリンピックでの総集編を見ました。あえて4位で終わった北京のビデオを見せた橘HCからのメッセージは、成功するまでには必ずいくつかのステップを経ていかなくてはならないということ。また、次のステップに行けるという実力を認識することも大切だということ。フレッシュジャパンも、今大会での経験と成果をぜひバスケキャリアの、また人生の大事なステップとして、ここからしっかりと前進して欲しいと思います。
そしてついにリベンジの時。確実に成長しているフレッシュジャパン。ドイツに勝つ実力はあるはずです。でもやはり決して弱くはないドイツ。もちろん勝つ気持ちで臨みますが、何より大事なのは自分たちが昨日のBestよりBetterになること。今回も接戦になりました。こちらの作戦がうまくいったり、相手に巻き返されたり。正に一進一退のゲーム。フレッシュジャパンは少し辛い状況でもコーチの指示をよく聞き、自分たちでも考えながらプレーし、しっかりと持ち返す頼もしさが見えてきました。エンドゲームの状況になっても、これまでほど焦ることはなく、あじはい杯から積み上げて来た全てのものを出し切ってプレーをしていました。結果は2点差の勝利でドイツにリベンジを果たすことに!フレッシュジャパンは優勝をしたかのように喜び、最後までチーム一体となって成長できたと感じることができました。
試合後は2選手がドーピング検査を受けることに。ドーピング検査は決して楽しいものではありません。でも、成田合宿でご多忙の中セミナーを開いてくださった信太さんのおかげで、選ばれた2人の選手はそれほど戸惑うこともなくスムーズに検査に対応することができました。国際大会に出場する上で様々な面で準備することの大切さを改めて感じました。
優勝したのはアメリカ。圧倒的な強さです。メダルセレモニーの後は、閉会パーティーが開かれました。True Sports賞というスポーツマンシップを称える賞が各チーム1人ずつに送られ、日本は北田選手が選ばれました。ベスト5には網本選手が。網本選手は今回得点王にも輝いています。さらに内海選手はリバウンド数で3位に。チーム自体も様々な方から好評価を頂きましたが、フレッシュジャパンは個人のレベルでも世界に大きな印象を残すことができました。パーティーでは軽食とともに談話を楽しみ、表彰や挨拶などの後は、DJの音楽に乗り各国の選手がダンスを楽しんでいました。北間、網本両選手は今回も混ざって踊りを披露していました。2人のダンスはどうしても他国の選手とは種類の違う踊りでしたが。(笑)
選手、スタッフのフィードバックを得たいと荷造りの合間を縫って個人面談(というと堅苦しいですが、オープンにフィードバックを聞く場)を行いました。全ての選手が何かを学び、楽しかった、あるいは来て良かったと言っていたことは、フレッシュジャパンとして何か成果が残せたということなのだと思っています。スタッフ陣もたくさんの経験をし学ぶことができました。このチームは明日で解散となりますが、個々がこの経験を大事なステップとして、さらに成長できることを願います。

今日の余談。北間、萩野、土棚3選手は今大会、ほぼあるいは全く交代なしでの出場でした。交代ができないということはそれだけ疲労も溜まりますし、ベンチで指示を受ける時間も少なくなります。そんな状況でも6試合を戦い抜き、しっかりと成長するという難題を3人はやりのけてくれました。そんな3人は(愛情を込めて)“ズッコケ3人組”と呼ばれていました。時々、ズッコケるようなプレーをしてみたり、コート外でもそんなキャラをよく出してくれるから(だと思います。)でも何事も穏便にやっていくより、ズッコケながら、失敗しながらやっていくぐらいの方が成長が早いのだと思います。
ズッコケ3人組はもちろん、長期の遠征をしっかり全員が戦い抜けたのも、影の総監督、涌井トレーナーの熱心なケアのおかげです。選手たちは本当に感謝をしていましたし、結果を残すためにはどれだけ体のケアが大切なのかということも再確認することができました。本当に全てが勉強ですね。
明日はついに帰国です。

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Jキャンプスタッフ、広報担当 2007年からNO EXCUSEを撮影し始め、車椅子バスケットボールに関わり始める。 Jキャンプ2008に撮影ボランティアで参加し、その後スタッフになり、 チャンスがあれば海外大会への観戦・取材にも飛んでいく。 【2008年・中国】北京パラリンピック 【2010年・中国】広州アジアパラ競技大会 【2011年・韓国】ロンドンパラリンピックアジア・オセアニア地区予選 【2012年・イギリス】ロンドンパラリンピック 【2013年・アメリカ】全米大学車椅子バスケットボール選手権大会