【No.44】 「1ヶ月間の車椅子バスケットボールキャンプのコーチを終えて in Bangladesh」 前編:バングラデシュという国

2014年12月25日~2015年1月23日の間、私はバングラデシュに滞在し、青年海外協力隊の短期ボランティア隊員として、1ヵ月の車椅子バスケットボール特別トレーニングキャンプで指導する機会を頂きました。そこでの話をさせて頂きます。
まず、バングラデシュに行くことになったきっかけは、Jキャンプ主催の「語る会 兼 障害者スポーツとしての車椅子バスケットボールを考えるinドイツ事前研修会」に参加したときに、Jキャンプ事務局長の金子さんから、「おもしろい話があるよ。」と声をかけられたときのことです。そのとき聞いた話は、ミャンマーで1年間車椅子バスケットボールのコーチをする、というものでした。今まで自分が経験してきたことを、海外で役立てることができるかも…と考えたときに、ワクワクする気持ちがどんどん大きくなっていきました。ミャンマーでの活動は、国交が悪化したのと、期間も長く職場の同意が得られなかったために実現はしませんでしたが、そのすぐ後にバングラデシュで1ヶ月の話を同じく金子さんから頂きました。すぐに、現地の日本人スタッフと連絡を取ることができ話を聞くと、バングラデシュの選手たちは車椅子バスケットを専門的に教わったことはなく、ルールも曖昧なまま独学で練習をしているとのことでした。自分でも伝えられることがあるかもしれない!きっと良い経験になる!と思い、職場をなんとか説得し、異例の理由での休職を頂き、今回の活動が実現しました。

1回目の今回はバングラデシュという国についてお話させて頂きます。

◆今回派遣された国: バングラデシュ人民共和国

【国旗】

緑は若者の意気と緑豊かな国土さらにイスラムの教えを、赤は独立の為に流された血と自由の新しい太陽の象徴。国旗をデザインするにあたり、日の丸を参考にしたとも言われてます。

【位置

http://www.borderless-field.com/

【基本情報】

面積14万4千平方キロメートル(日本の約4割)
人口1億4,660万人(2009年7月、暫定値 バングラデシュ統計局)
年平均人口増加率:1.39%(2009年7月、暫定値 バングラデシュ統計局)
首都ダッカ
民族ベンガル人が大半。ミャンマーとの国境沿いのチッタゴン丘陵地帯には、チャクマ族等を中心とした仏教徒系少数民族が居住。
言語ベンガル語(国語)
成人(15歳以上)識字率:53.5%(Human Development Report 2009年度)
宗教イスラム教徒89.7%、ヒンズー教徒9.2%、仏教徒0.7%、 キリスト教徒0.3%(2001年国勢調査)
通貨タカ(TK)
政治シェク・ハシナ率いるアワミリーグと、カレダ・ジア率いるBNPの2大政党
略史1947年8月14日 パキスタン(東パキスタン)として独立
1971年12月16日 バングラデシュとして独立

外務省 バングラデシュ人民共和国 より

◆配属された施設: NGO Center For the Rehabilitation of the Paralysed(以下CRP)

1979年にイギリス人のボランティアが立ち上げた団体で、現在スタッフ総数は600名を超え(うち20%は障害者)、もともとは脊髄障害患者を中心としたバングラデシュ最大級の病院施設。障害者支援を目的とし、本部には小学校、専門病院、職業訓練施設、理学療法士・作業療法士・言語聴覚士要請の学校、各種器具(車椅子や義足等)のワークショップが併設され、人権問題、貧困問題等にも取り組んでおり、海外からの短期ボランティアも活動している。(海外からのボランティアは常時5人~16名おり、内訳としては理学療法士や作業療法士といったリハビリテーションスタッフが多い印象でした。私はこの施設のスポーツリハビリテーション部に所属しました。私の赴任時は日本人の言語聴覚士の方が協力隊員として派遣されており、現地での通訳をしてくれました。)

CRPの正面玄関

◆バングラデシュはとにかく人が多い、車が多い、暴動が多い

基本情報にもあるように、バングラデシュは北海道の約二倍弱の国土に日本の人口と同じくらいの人が暮らしています。人口密度は世界一位。家族は大人数があたりまえ。一つのベッドに5人くらいで一緒に寝ているそうです。なので、キャンプに参加しているメンバーでホームシックになる選手もちらほら。都市部の道路は毎日が日本のお盆や正月の帰省ラッシュ並みの大渋滞。近年IT化が進みスマートフォンを持っている人も多い反面、インフラが十分行き届いていないというギャップもあります。治安も良いとは言えません。滞在中は国内で政治的な暴動が起こり、バスが燃やされたり、カクテル爆弾が大通りで爆発したりと、空港までの移動は困難な状況でした。その影響で任期が3日延長するという異例の事態に。「暴動のせいで経済がストップし国の成長を阻害している。もう止めてほしい。」と現地の市民は言っていました。

交通ルールはあってないようなもの、交通事故は日常茶飯事。

◆バングラデシュの人

 親切で人懐っこい印象を持ちました。人との距離感がとにかく近い。外国人が珍しいのか、私がお茶屋さんでお茶を飲んでいるとすぐに5~6人に囲まれます。至近距離で穴があくほど凝視されます。人によっては質問攻め。「どこから来た」「名前は」「職業はなんだ」「家族は何人」「ご飯食べたか」ご飯を食べたか食べてないかをあなたに答えて何になる、と思ったこともありますが、もはや挨拶の一つとのことです。彼らは一度会ったら友達。友達のことは何でも知りたくて当然でしょ?と。

ホームシックになって練習の休みに一時帰宅した選手、とその家族。とにかくお客さんを家に招いてご飯をご馳走しようとしてくれます。もてなしが彼らの最大の喜びのようです。
練習休みの日に行った腕相撲大会では、本気でやりすぎて多くの選手が負傷しました。彼らは常に全力!

◆バングラデシュの食文化

とにかくカレー。カレー以外ほぼありません。好きな食べ物は?と聞くと「牛(のカレー)」「野菜(のカレー)」と返ってくるほど。そんなカレーですが、入っている具材によってルーのスパイスが違います。慣れてくるとくせになるバングラデシュのカレー。私はチキンのカレーが好きでした。調子にのって食べ過ぎると油が多いのでお腹を壊します。食事は基本的に右手のみで食べます。始めは苦戦していた手での食事、一か月も過ごすと抵抗は消え、手の操作にも慣れて現地の人と同じスピードで食べられるようになりました。食事の回数は一日5回。朝、10時のナスタ(軽食)、昼、5時のナスタ、夕食。食事の後は、毎回甘いミルクティーを飲みに行きます。 イスラム教徒が多く、時期によっては断食もあるせいか、現地の人の食に対する思いはかなり強いものがありました。とにかくカレーをたくさん食べる!客人に対しても同じで、皿を空にすると、すぐに一杯目と同じ量のカレーを盛ってくれます。断ることが苦手な私も一か月間で何かと理由を付けて断る技術が上達しました。 練習中の出来事。バングラデシュ人コーチが練習を私に任せて勝手に一人でナスタをしていたことがありました。なぜ練習の途中でナスタに行ったのか尋ねると「朝ごはんを食べなかったからお腹がすいたから。」と答えました。自由か。文化の違いとは言え、「ぅおい!」と心の中で叫んだのも今では良い思い出です。

唐辛子辛くないよ、と嘘をつかれて食べた私(右)。勝手にナスタに行ったコーチ(左)

後編は現地で行った車椅子バスケットボールキャンプのお話をさせて頂きます。お楽しみに♪

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小林良/こばやしりょう

作業療法士。 2007年に埼玉県立大学SPREADで車椅子バスケットボールプレーヤーとしての活動を始める。 大学卒業後は母校でコーチをしながら、2011年に社会人クラブチームREVIVALを立ち上げる。 2013年Jキャンプin茨城にキャンパーとして参加。現在はプレーヤーとして活動しつつ、 埼玉県選抜チームのアシスタントコーチ、子どもを対象とした 草加市の車椅子バスケットボール定期講習会の講師をしている。