【No.39】ジュニアの挑戦

香西宏昭(以下Jキャンプの愛称で“ジュニア”とします)は12歳で車椅子バスケットボールを始め、その年に車椅子バスケットボールキャンプ実行委員会(当法人の前身の団体)が開催したJキャンプ2001札幌キャンプで、マイク・フログリー氏と出会いました。
フログリー氏はカナダ代表ヘッドコーチとしてシドニー・アテネパラリンピックで二大会連続でカナダ男子代表を金メダルへ導いた世界トップのヘッドコーチです。

その彼がキャンプの講師として来日し、そのキャンプが行われた体育館に入って、初めて見たのがジュニアだったとフログリー氏は言います。
「彼のバスケットボールに対する情熱や楽しんでいる様子を見るのがキャンプ中の楽しみだったよ。
12歳という年齢で車椅子の操作が上手だったし、すごい潜在能力も感じた。ナチュラルにバスケットボールを理解しているんじゃないかとも思ったよ。」
そのキャンプでジュニアは「10年後が楽しみで賞」を受賞します。 

「その後に本当にアメリカに来るなんてわからなかったけれど、(及川)晋平や(原田)麻紀子がジュニアにはバスケットボール選手として、学生として、人としてちゃんと成長を出来るようにとずっと私とコンタクトを取り続けていたんです。」とフログリー氏。
ジュニアは渡米について高校二年生の頃から真剣に考え始めたようで、
「言葉が話せないところに行くのが怖くて不安だったけれど、色んな人に相談して、行ってくれば良いと言われました。
そして、自分としてもやっぱり早めに行って学んだ方が(この先の車椅子バスケットボールのキャリアとして)良いと思って。
高校二年が終ろうとしている頃、両親に留学したいと伝えました。」
高校を卒業した2007年5月に行われた日本選手権で二年連続でMVPを取り、彼が所属する千葉ホークスが日本選手権三連覇を成し遂げた三ヵ月後、アメリカ・イリノイ州にあるイリノイ大学への進学を目指し、渡米しました。

そこから5年半が経った今年の3月、最後の全米大学選手権に臨みました。
結果はチームとしてはイリノイ大学は第4位に終わりましたが個人として二年連続のMVPを獲得する快挙を達成します。

そんなジュニアについてコーチであるマイク・フログリー氏に留学してどのように成長したのか聞いてみました。
「留学した当初は他の人が何をやっていようが関係ないというようなそんな選手だったけれど(笑)、彼は3つの点で成長したと思います。
まず一つ目はバスケットボールに対する理解力が上がりました。
試合の流れを読むことや相手が何をしてくるのかに気づくこと。更に自分たちの変化に気づくことができるようになりました。
二つ目はプレーの質。ドリブルもシュートもパスも出来て、フェイクも上手だし、
自分が決めるようなシチュエーションでも、周りを使うシチュエーションでも対応できる。
3ポイントもポストアップのシュートもある。
またディフェンスでも背の高いポストプレーヤーを止めることが出来るし、シューターにジャンプアップしてディフェンスすることもプレスディフェンスも出来る。
弱みが見つからないくらい色んなことができるようになりました。
そして、三つ目はリーダーシップ。キャプテンを任せたここ二年間で周りを成長させるためにリーダーシップを発揮するようになったと思います。」とフログリー氏は言います。

留学した本人であるジュニアも「来てよかった」と言います。
「それは間違いないです。辛いことも悔しいこともいっぱいあったけれど、正しいところに行けたと思います。
他の大学の他のコーチの下でやっていたら、今の俺のプレースタイルはなかったかもしれない。
バスケのスキルは(フログリー氏から)しっかり教われるだろうなと思っていたけれど、人としても育ててくれるなんて正直想像していなくて、そこまで教えてくれたのはとても嬉しかったです」
そんな6年もの歳月を一緒に過ごした恩師から大学卒業と同時に離れる事になります。
「フロッグ(マイク・フログリー氏)のいない中でのチャレンジは不安です。
今まで相談したかったらそばにいてくれたけど、これからそれが出来なくなってしまうので、ってただの甘えなんですけどね(笑)
だから大学にいる間に出来る限りフロッグのバスケを吸収したいと思いますし、本当の勝負は卒業してからだと思っています。」
8月でイリノイ大学を卒業してヨーロッパでプレーをすることを目指します。
フログリー氏は「卒業後はたくさん勝利してほしいし、成功して欲しい。
そして、プロ意識をもって車椅子バスケットボールをもっと広めることが出来るようなそんな選手に育って欲しい。」とエールを送ります。
Jキャンプとしてもこれからも香西宏昭のチャレンジを応援していきたいと思います!!



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伊藤真吾/いとうしんご

Jキャンプスタッフ、広報担当 2007年からNO EXCUSEを撮影し始め、車椅子バスケットボールに関わり始める。 Jキャンプ2008に撮影ボランティアで参加し、その後スタッフになり、 チャンスがあれば海外大会への観戦・取材にも飛んでいく。 【2008年・中国】北京パラリンピック 【2010年・中国】広州アジアパラ競技大会 【2011年・韓国】ロンドンパラリンピックアジア・オセアニア地区予選 【2012年・イギリス】ロンドンパラリンピック 【2013年・アメリカ】全米大学車椅子バスケットボール選手権大会