【No.58】障がい者スポーツに関わる女性スタッフのための勉強会 パイロットプログラム ~ パネルディスカッション編

東京パラリンピック終了まで活動を抑えていたJキャンプは、リスタート企画の一つとして、標題の勉強会を現在計画しています。パラリンピック後、パイロットプログラムとして約半年にわたる勉強会を開催しました。2022年2月、上記同勉強会の最終回においてジェンダー問題を題材としてパネルディスカッションを行い、イリノイ大学女子車いすバスケットボールチームの卒業生3名に協力してもらいました。1時間という短い時間でしたが、興味深い話が満載の内容となったので、こちらで紹介したいと思います。

司会進行:

原田麻紀子(マキ)

パネリスト:

Stephanie Wheeler (ステフ)

アメリカ出身。現在、イリノイ大学女子車いすバスケットボールチームのヘッドコーチを務めている。

イリノイ大学在学中は女子車いすバスケットボールチームで選手として活躍。アメリカ大学選手権チャンピオン(2002~2004年、2003年MVP)、世界選手権金メダリスト(2010年イギリス、チームキャプテン)、パラリンピック金メダリスト(2004年アテネ&2008年北京)と輝かしい競技実績を持つ。

2016年リオパラリンピックでは女子アメリカ代表ヘッドコーチとしてチームを金メダルに導く。これらの功績から、2017年には出身地のノースカロライナ、2018年にはNWBAでスポーツ殿堂入りを果たす。

選手の指導とインクルーシブな環境を作ることに強い情熱を持って取り組んでおり、国内外の様々な場所で車いすバスケキャンプを行ったり(※)、障がいを持つアスリートのインクルージョンについてNCAA(全米大学体育協会)にコンサルティングをしたり、アスリート及びコーチの長期育成にも深く関わっている。

現在、イリノイ大学でカルチャーキネシオロジーの博士号取得を目指しており、スポーツにおける障がい、ジェンダー、セクシャリティのインターセクショナリティについて学んでいる。

※Jキャンプには、2001、2003、2005、2012年に講師として来日

Carlee Hoffman-Schwarz (カーリー)

アメリカ出身。現在、夫と二人の子どもと共にドイツ在住。

イリノイ大学在学中は女子車いすバスケットボールチームに所属。アメリカ大学選手権で3連覇(2006、2007、2008年、2007年MVP)を果たしている。またキャプテンとしてチームをまとめた。アメリカ代表として2004年アテネ、2008年北京パラリンピックでステフと共に金メダルを獲得。

2010年に引退後、人道支援活動家として仕事を始め、オランダ難民評議会(DRC)やマーシー・コープスといった組織を含め、海外で7年以上働く経験を持つ。ウクライナ、イラク、レバノン、ケニア、パレスチナ/イスラエル、ヨルダンなどの紛争地帯で、主に難民や紛争の影響を受けた人々の権利擁護活動をしてきた。

現在は育児を優先させるため、仕事を休んでいる。

Edina Müller (エディー)

ドイツ出身。現在、ハンブルクでスポーツセラピストとして仕事をしながら、パラカヌーの競技を続けている。

ドイツの大学在学中にイリノイ大学に留学。女子車いすバスケットボールチームに所属し、アメリカ大学選手権でカーリーと共に優勝を果たしている。これまで4回パラリンピックに出場しており、車いすバスケットボールでは2008年北京で銀メダル、2012年ロンドンで金メダルを獲得。2014年にパラカヌーに転向し、2016年リオで銀メダル、2021年東京で金メダルを獲得した。

一児の母であり、育児をしながら競技を続けるアスリートとして積極的に声をあげている。


マキ:

ゲストの皆さん、本日はお忙しい中私たちの勉強会にご参加頂きありがとうございます。

まずゲストの紹介をします。ステフ、カーリー、そしてエディーに来てもらいました。イリノイ大学車いすバスケットボールチームの出身です。

いくつか事前に質問を用意しているので、全部聞けるか分からないですが、できるだけ質問していきたいと思います。

最初の質問は3人に対してです。

「自分の周りにいる人たち、あるいは自分の国の全体的な雰囲気として、ジェンダー問題には敏感だと思いますか?それとも多くの人は今でも鈍感であったり無知であると感じますか?そして、それはなぜだと思いますか?」

ステフ:

面白い質問ですね。私が住んでいるアメリカでは、多くの人が何かしらの違いがあったり、マイノリティであったりすると思うのです。多くの場合私たちが抱える問題は、その問題や自分たちが経験していることを他の人が実際に体験しない限り、それ自体に意味をもたらさなかったり、考慮してもらえないと思うんですね。

なので最も難しいのは、アメリカやどこであっても女性が構造的に直面する問題が女性たちだけに影響を与えるものではない、ということを人々に理解してもらうことだと思うんです。これらの問題は誰にとっても何らかの影響がある。そのことを各個人が理解し、尊重し、思いやりをもつことで、より良い社会にしていくことが大事だと思います。

カーリー:

私もこの質問の、特に組み立て方が面白いと思いました。

無知かどうか?今は私はドイツに住んでいますが、アメリカ人もドイツ人も無知ではないと思います。私が持つアメリカについての知識は今は限られてしまいますが、多くのアメリカ人は「政治的に慎重な(politically sensitive)」という概念や「政治的に慎重な対応をする」こと、「正しい表現を使う」ことに飽き飽きしているのではないかと思います(※あまりにも多く取り上げられる話題なので)。それは女性の問題に関してだけということではありませんが、家族の中での性役割という点から言えば、もちろん女性の問題に対しても嫌気がさしているのだと思います。

子どもを育てる親として、私たち夫婦はアメリカではなくドイツに住むことを決めました。家族にとってどのような支援を得ることが出来て、どんな価値観を大切にしたいかを考えたうえで、充実した支援制度があるドイツを選びました。例えば、育児休暇、1歳を過ぎてからの保育園、月単位での児童手当。もちろんこれらは出生率を上げるために提供されているのですが、子育てをするうえでは非常に助かっています。アメリカにはこのような制度はありません。

ドイツに性役割に関するジレンマがないという訳ではありません。ただ、仕事に復帰したいと考えている女性を支援するための基本的な制度は整っているんです。

エディー:

オリンピックやパラリンピックの前に、エリートスポーツ界のママたちをメディアが多く取り上げてくれたおかげで、私たちが抱える問題が少し認知されました。ただ、これはまだ始まりにすぎません。むしろ、私はドイツでスポーツ界のママのパイオニアだと言われたことに少しショックを受けました。もうこういうことはかなり発展していると思っていたので、現実はまだ追いついていないことに驚きました。

多様な社会に向けての発展と権力者の認識の間にはギャップがあるように感じています。彼ら自身が多様性の象徴になっていないですし、そのような問題に気づきもしません。「白人の高齢男性」とよく話題にあがりますが、それが現実だとは思いたくなかったけれど、実際彼らはあらゆる所に存在し、私は常に彼らと闘わなければなりません。

私はハンブルグ最大のスポーツクラブの副会長に立候補するために、多様性のあるチームを立ち上げましたが、選挙に参加することすら認められませんでした。(※このクラブでは、個人での立候補の他に、数名の候補者で構成したチームでの立候補が許可されています。エディ―は理事会に多様性をもたらすことを目指し、個人ではなく多様な人材を揃えたチームでの立候補を選択しました。)素晴らしいチームだったと思うのですが、私たちが会計に推薦した男性の経験が浅いと言われたのです。確かに彼はまだ20代半ばでしたが、経済学の学位も持っていましたし、ただの言い訳としか思えません。恐らく、私たちが選挙に勝つのではと脅威に感じていたのだと思います。私たちはスポーツクラブの会員達に今までになかった何か新しいもの、例えば自分たちで理事を選ぶ選挙を提供したいと考えていました。でも選挙への参加すら認められなかったので、会長候補は(他の候補者)一択となったのです。

私にとっては悲しい出来事でしたが、これも変化を望まない白人の高齢男性から成る理事たちによって決定されたことでした。彼らは何も変えたくないのです。結局、今のスポーツクラブの会長、副会長、会計の役職には3名の高齢男性が就いており、最低4年間は現状維持となります。

私が所属しているカヌー連盟についても同じことが言えます。私はいつも決定権のある人たちと闘わなければいけません。私たちにとって重要な問題は、彼らの頭の片隅にもないのでいつも苦労しています。社会の様々な課題は日々進化しているのに、彼らは何も変わらない、それが何よりの問題だと思います。

マキ:

エディーへ質問です。

東京2020も含め遠征などにお子さんを帯同しているようですが、最初からそれは可能だったのですか?それとも自分でコーチ、チーム、連盟などに掛け合って、大変な思いをして得た形なのでしょうか?

エディ―:

東京に連れていくときは色々と大変だったのですが、幸運なことに自分のコーチや代表チームのコーチがとても協力的なので、基本的に合宿や大会には問題なく息子を連れて行けています。というのも、二人のコーチは若い男性で本人たちも幼い子どもたちがいるので、私の境遇を理解しやすいのだと思います。

ただ、これが問題なのです。ここでも決定権のある人が誰なのかによって左右されるのです。代表チームのコーチに「部外者をチームに帯同させることはできない」と言われる可能性もあったのですから。もしそうだったら、私は競技から引退していたでしょう。

例えば(カヌー連盟の)スポーツディレクターは、私のコーチとは違う考えを持っています。彼は子どもは連れていくべきではないと考えていて、それは子ども特有の病気でチーム全体を感染のリスクにさらすからだと主張しています。実際に東京パラの時も、息子のリアムを連れていき、チームと一緒に滞在することを、子どもはハイリスクだからと阻止しようとしていました。このようなことが、難しい状況を生み出しています。とても協力的な人がいる一方で、理解を示さない人たちを説得しなければならない場面がたくさんあります。

マキ:

(引き続きエディーへの質問)

実際、トレーニングと子育てを両立させるためにどのようなサポート(金銭的援助など)を受けていますか。

エディ―:

妊娠していた頃からたくさんの困難に直面しました。妊娠したことを公表したときも、私は出産後は競技に復帰すると言っていたし、引退もしていなかったのに、スポーツディレクターや事務局長は信じてくれませんでした。組織内からのサポート、私のコーチよりも上にいる幹部達からの支援は全くないのです。

アスリートとして資金援助を受けるためのプログラムに入るのは大変なのですが、抜けるのはとても簡単です。妊娠を発表したときに、それまで受けていた資金援助もステータスも全て失いました。それは2018年のことだったのですが、翌年の大会までそのプログラムに戻るチャンスはありませんでした。なので、子どもと子どもの世話をする人のための費用は自分の貯金から捻出しなくてはなりませんでした。

ドイツでは、子どもが生まれたら育児休暇を取ることができて、最初の一年は給料の60%が支給されます。育児休暇は最大で3年取得できるのですが、60%の給料が支給されるのは最初の一年だけです。また、その60%に対しても税金を支払わないといけないので、結局大した額は残りません。得られる給料も減ったうえに、スポーツからの資金援助も失ったのでとても厳しい状況でした。

2019年に何とか資金援助のプログラムに戻ることができたのですが、それまでの一年間は(育児における)支援は資金サポートも含め何もなく、とても孤独な思いをしました。子どもの帯同に関するルールや、滞在場所を探したり、資金調達を手伝ってくれるような制度はなく、すべて自分で手配しなければいけませんでした。誰に頼ることもできず、自力でやるしかありませんでした。

今あるサポートは、どれも私が自分で用意したものです。トレーニング中、水上にいる間、息子のリアムの面倒を見てくれる人が必要です。合宿や大会があるときは、母や私のパートナーをはじめとする家族が息子の面倒を見てくれますが、そのようにサポートしてくれる人がいなかったら、競技は続けられなかったと思います。

マキ:

カーリーへの質問です。

これまでやってきた仕事の中で特に強い関心を持ったジェンダー問題はありますか?

カーリー:

3つのカテゴリーに分けて話そうと思います。

まず仕事をしている私自身、そして少女たち、さらに女性たち。なぜなら、それぞれに異なる問題があると思うからです。

まず「仕事をする私」の話。人道支援という仕事は若いうちにやるものだということを学びました。スポーツでもそうですが、子どもを産みたいと思ったときに例えばバグダッド、モガディシュ、南スーダンのジュバといった紛争地域にいたとします。これらの地域は、私たちの分野では「出世コース」と言われています。水道水やトイレのない、安全も保障されないような厳しい状況下で筋金入りの人道支援活動家として働いたとして、そうすることで、どんどんと指揮系統の上位まで行くことができます。すぐに管理職から上級管理職、さらにはその国における組織のトップに就くことができます。

すると管理職には白人の高齢男性が多いということに気づかされます。それには理由があります。息子のヘンリーを危険にさらす訳にはいかないので、バグダッドといった地域にはもちろん連れて行けません。ただ、私たちが働く地域は紛争地域だけでなく、地方ハブもあります。けれど、そこでの役職もほとんど白人の高齢男性が占めていてガラスの天井があると感じています。

今は人生で二度目の、「やり直し」をする状況に立たされている気がしています。「やり直し」というのは違うかもしれないけど、キャリアを積むためにスポーツを離れ、今度は子どもを育てるためにそのキャリアも離れたのです。仕事を辞めるつもりはなかったのですが、そうせざるを得ませんでした。

さらに、雇用契約書の法的な曖昧さもあります。Danish Refugee Council(デンマークに本部がある非営利人道活動組織)で働いていたときに、デンマーク法に則ると思っていたのですが、勤務地がレバノンとなると、契約内容がデンマークでもレバノンでも有効と見なされない曖昧さがあります。よって、雇用契約書に育児休暇などの記載があったとしても、それを取得しようとすると非常に複雑なステップを踏まないといけないのです。

ここまでは私個人の話。

次は、女性と少女の話になりますが、紛争が多発する地域にいる多くの女性が直面するジェンダー問題、特に少女の児童婚の問題には本当に愕然としました。父親や両親が家族を養えなくなったことで14歳で結婚させられ、15歳という若さで子どもを産んだ少女たちと接するような業務につくと、あまりにもつらくて胸が締め付けられます。こういった現実を突きつけられると気分が悪くなりますし、長いこと自分の記憶に留まります。

もう1つの問題は少女の教育機会です。児童婚と教育機会は紛争地域における少女が抱える二大問題だと私は思います。小学校までなら学校に通っている少女はいますが、それよりも上の高等教育になると、特に貧困の少女はほとんどいません。それによって、職業的にも経済的にも安定した地位につけなくなるといった問題につながります。少女たちの後の人生に影響が出るのです。

最後に女性について、私が勤務してきた地域における女性が抱える問題の上位3つ。

目新しいことではありませんが、世界的な問題となっている女性の管理職への出世。

さらにコロナに関連した問題。家庭での負担の増加、子育てと両立することで仕事への影響が出てしまい、世界中の女性は厳しい立場に立たされています。女性は皆、似たような問題に悩まされています。

さらに、ジェンダーに基づく暴力といった問題。世界中の35%の女性が親密なパートナー、あるいはそうでない者によってジェンダーに基づく暴力被害にあったと報告されています。でもこの数字が低すぎるのは明らかです。報告するための体制や、万が一性的暴行を受けた際に医療機関に行けるような仕組みが整っていなかったり。先進国でもこのような困難があるのですから、発展途上国の被害者が直面する困難はその何倍にもなります。

性的暴行の被害者がレイプキットを利用するのは非常に困難なことです。行政機関が機能していないがために警察を頼ることができない被害者も世界中に多くいます。様々な事情が入り組んでいて非常に難しい状況なのです。でも私たち女性はこの問題をよく理解できるのではないかと思います。

マキ:

ステフへの質問です。

ステフは自分が同性愛者(ゲイ)であることを公表し、LGBTQ+コミュニティーの問題についても声をあげていますが、コーチとして自分のアスリートたちやスポーツに対して具体的に取り組んでいることがあればシェアしてください。また、これまでゲイのコーチあるいはアスリートとして苦労したことで何かシェアできることがあれば教えてください。

ステフ:

質問ありがとうございます。

まず、コーチとしてどのように学生アスリートと接しているかについてお話します。

基本的にコーチとして大事にしていることは、学生アスリートがアスリートである前に一人の人間であることを尊重することです。なので、私は社会で起きている様々な問題、例えばLGBTQ+コミュニティーについて、あるいは女性、人種、学生たちがコートに立つときも持ち続ける彼ら自身のアイデンティティー、それらについて話し、社会で起きていることをオープンに話すことを大事にしています。

これまでアメリカだけでなく、世界中で起きている出来事について語り合う機会がたくさんありました。具体的にはBLM運動、スポーツにおける男女格差、スポーツにおけるLGBTQ+の問題、トランスジェンダーの競技への参加などについて、チームで多くの良い議論をしてきました。学生アスリートに影響を与える出来事について話すことはとても大切だと思っています。

質問の答えとしては、はい、こういった話はよくチームでしますし、皆自分がありのままでいられるようにすることがなぜ大切か、という話もします。

体育館に入るとき、私は女性であることをやめません。ゲイであることも、障がい者であることもやめません。ドリブルを始めた途端に自分のアイデンティティーが変わるなんてことはないからこそ、このような会話をたくさんしているのです。

私はコーチを始めた当初からゲイであることを公表していますが、それは私にとって重要なことでした。「学生たちは私を受け入れてくれるのか?」、「職場は理解を示してくれるのか?」、イリノイ大学はその点では本当に素晴らしくて、私を支えてくれています、そして(ゲイであることで)「(女子)選手のスカウトに悪影響がないか」といった恐怖心は常につきまといます。考えることは色々と多くありますが、これらは恐怖心に基づくものだけでなく、真実に根差したものでもあります。

コーチという職業は、時に女性全般に優しくないし、時に障がいのある女性に、そしてゲイの女性にも優しくありません。でも私はカミングアウトして、自分がどういう人間かについて隠すことなく発言してきてよかったと思っています。正直、そうすることでこのスポーツにおいて最高の仲間たちに出会えたし、自分の想像以上のサポートを受けることができました。

これはすべての人に当てはまるとは限らないので私個人の経験からお話しますが、私が抱えていた恐怖心や潜在的な悪影響に比べたら、私を支えてくれる周りの仲間たちから得られたものの方がはるかに大きかったです。

この経験から、私はたくさんの情報や援助、強さも得ることもできたので、今後、コーチとして成長していく中で、私と同じようなアイデンティティーを持つコーチたちに、同じような支援をしていきたいと思っています。また、私がこうあることで学生アスリートにもありのままの自分でいて良いということが伝わっていたらと願っています。

カミングアウトするときに感じていた恐怖心、たとえば学生をスカウトするときの影響など、これらは結果的に問題になることはありませんでした。自分がどういう人間でどういう信念を持っているのかを発言してきたことによって、イリノイ大学にスカウトし、チームに入ってきてくれた学生アスリートたちは、同じような信念を持っているからです。イリノイ大学では学生アスリート、いえ、その枠に留まらない素晴らしい彼女たちと最高のコュニティを作り上げることができており、毎日コーチとして素晴らしい体験ができています。

マキ:

ありがとうございました。

信じられないことに残り2分となってしまいました。たくさん質問を用意していたのですが、半分も聞くことができていません。最後に参加者の皆さんへのメッセージやパネルディスカッションの感想など、一人ずつコメントを頂けますか?

カーリー:

すごく良い取り組みだったと思います。このような(ジェンダーの)問題は頭の中では考えていても、こういう人のつながりがない限りパネルディスカッションで議論したり、自分の体験を語る機会というのはないと思うので、本当に素晴らしい企画でした。

強いて言えば、もう少し時間があればよかったなと思います。こういうディスカッションはつい長引いてしまいますよね。もし次回があるなら、参加者とのQ&Aの時間もあると良いなと思います。

最後に息子が騒がしくてすみませんでした。娘は夫と一緒に2階にいるのですが、息子は3歳半でおとなしくできないの。(笑) (※カーリーは息子さんを抱いた状態で参加してくれました。)

ステフ:

カーリーも言ったように、今回参加させてもらえて光栄でしたし、素晴らしい取り組みだと思います。コーチやスポーツ関連の職業というのは時に孤独に感じることがあります。今の境遇に置かれているのは自分だけだと思ったりすることもあるので、このようなグループがあることは大事です。

私も幸いなことにアメリカでコーチのグループに所属していますが、本当に頼りになる仲間ですし、今もよく頼りにします。

カーリーも言っていましたが、もっとお話したかったです。また同じ企画があればぜひ呼んでください。

とても素晴らしかった。お互いこれからもつながっていきましょう。誰にとってもつながるということは大切ですが、コーチとして、スポーツ関連の仕事をしている仲間として、つながりを持ち、お互いを支え合い、高め合っていきましょう。私たち女性は支え合うことで間違いなく能力をより発揮できるはずなので。

エディ―:

二人が言ったことにあえて加えるとしたら、こうやってつながることが大事だと思うし、国境を越えてつながることも大事だと思います。

オリンピックやパラリンピックで男女が旗手を務めるようになったように、世の中にはいい方向へ進んでいることも多いです。でも、こういうことが私たちの日常生活で見られるようにならなければなりません。

スポーツには社会全体のお手本となって、これらの発展を促進できる力があると考えています。自分たちが行動を起こすことが大切で、今回のディスカッションはその良いきっかけになると思います。

マキ:

皆さん、今日はパネルディスカッションに参加して下さり本当にありがとうございました。

(訳 河原あゆ)

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ABOUTこの記事をかいた人

Jキャンプスタッフ、通訳・国際事業担当。 日本にて車椅子バスケ各種大会や車椅子バスケ、車椅子ラグビーなどのキャンプで通訳として活動したあと渡米。 イリノイ大学大学院でスポーツマネージメントを専攻しつつ、同大車椅子バスケ部のマネージャー、アシスタントコーチをつとめる。 2008年夏に卒業後、現在はカナダ・バンクーバーのBC Wheelchair Basketball Societyにてプログラムコーディネーターとして働く。 また、これまでも趣味としてプレーをしてきたが、障害が無くとも公式戦に出場ができるカナダでプレーヤーとして活動しはじめる。 2011年に行われたU25女子世界選手権大会には日本代表チームのACとして参加。