NPO法人 Jキャンプ

 レポート&コラム

No.32 「人間の可能性とは?〜ピストリウスとスミス〜」
2010.08.05. (序文:事務局カネコ)

義足のランナー、オスカー・ピストリウス24歳(南アフリカ)。

2008年、彼は400mで北京オリンピック出場を目指すも義足による推進力が競技規定に抵触するとしてこれを認められず。
その後スポーツ仲裁機構によりこの判断が覆され、参加標準記録さえ突破すれば、健常者の大会に出場することが可能となった。

そして2011年。
ついに400mでA標準を突破したピストリウスが、今夏韓国で行われる世界陸上への出場を濃厚にしたことは、多くの人たちを驚かせ、そして議論を巻き起こしている。

小説家の平野啓一郎はツイッターでこうつぶやいている。

「もし義足のスプリンターが、生身の足のスプリンターよりも遙かに速いタイムで走るようになったら、パラリンピックの陸上の意味は、今とは違ったものになるだろう。最新のテクノロジーと、人間の肉体とが、速度の中で劇的に融合した世界。未来の人間には、その方が自分に近しく感じられるかもしれない。」

そのピストリウスが、IPC(国際パラリンピック委員会)のインタビューで「アイルランドのスミスとともに世界陸上に出場したい」と、答えた。

ピストリウスが「ともに」と語ったのは、アイルランドの視覚障害者スプリンター、ジェイソン・スミス、同じく24歳。

彼もまた、今夏行われる世界陸上への出場が、可能な位置までたどり着いている。

そのジェイソン・スミスと練習を共にするあの「タイソン・ゲイ」が、IPCのHPでスミスについて語った。

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(翻訳:山本聖子、事務局カネコ)IPC公式HPより
http://www.paralympic.org/Media_Centre/News/Sport_News/2011_07_29_a.html

(編集注:これはロンドンパラリンピック1年前を記念して、陸上競技のトップアスリートを特集する8シリーズのうち、第2回目です)

アメリカのトップスプリンター、タイソン・ゲイは、ジャマイカのウサイン・ボルトについで、世界で2番目に速い男としての地位を固めた。しかし、100mを10秒で走る一方で、彼は自身の走りの技術についてはあまり満足していない。

それに、ゲイは言った。技術といえば、隣でトレーニングをしているアイルランド出身の視覚障害者スプリンター、ジェイソン・スミスの得意分野だ、と。

「ジェイソンは非常に才能があると思う」ゲイは言った。「正直、彼の走りの技術は僕よりもすばらしいと思っている。彼が走ると、モーリス・グリーンを思い出すんだ」

ゲイはその考えをもう少し進めた。
「走る技術ということでいえば、彼は僕の中でのトップ5といえるだろう」ゲイはスミスのことをこう言った。「モーリス・グリーンはおそらくナンバー1。そこにカール・ルイスが入り、アサファ・パウエル、リロイ・ディクソン、そしてジェイソンだと思う」

1週間に5日、ゲイとスミスはアメリカで冬の数か月を、そして夏の数か月をヨーロッパで共にトレーニングをしている。ゲイの指導はスミスには計り知れないほど有益であることが証明されている。スミスは、2008年北京パラリンピックの100mと200mでは、T13のクラスで金メダルを獲得し、来夏のロンドンでもそれを再現しようとしている。

「彼はいつも僕にアドバイスをくれるし、彼が見えるもの、見ているものについて伝えてくれる。何を変える必要があるのか、どんな感じなのかを」スミスは言った。「そこに到達し、それを成し遂げ、どういうものかを知っている誰かからのアドバイスというのは、本当に値段がつけられないほど貴重なことだよね?」

実際、スミスはとても速くなり、2010年のバルセロナで行われたヨーロッパ選手権では、健常者の大会に出場した初めてのパラリンピックアスリートとなった。

気持ちのすべてを注ぎ込み、飲み込みが早いスミスは、ゲイによれば、8月の韓国で行われる健常者の世界選手権にも出場するチャンスがあるだろうとのことで、それはスミスの最終目標であるところの、オリンピック、パラリンピック両方への出場に向けて、一歩近づけてくれるはずだ。

スミスは今年の初め、100mを10.22秒の自己ベストで走ったが、それは世界選手権のB標準止まりである。

彼が来月の終わりまでに10.18秒で走らない限り、B標準の選手を選手団の一員として決定するかどうかは、アイルランドの陸上連盟次第である。

しかし、たとえ何が起きても、スミスはこの数か月だけでも長い道のりを歩いてきた。

この24歳は、2010年の終わりに、深刻な疲労骨折により約3か月、完全にトラックから離れなくてはならないという苦難に直面した。

そのけがは2011年1月にニュージーランドのクライストチャーチで行われたIPC陸上競技世界選手権大会に影響を及ぼしたが、数か月のリハビリと人生のすべてをトレーニングに注いだことにより、スミスは再び、来年のロンドンに向けてトラックに戻る。

スミスにはそもそも非常に才能がある、とゲイは明かしたが、彼はなお、カーブでのベストな走りについて取り組んでいる。ほとんど視力の残っていないこのアイルランド人スプリンターは、目の前に出てくるレーンがいつも見えるわけではないため、やや限界もある。

彼の視力と視野のレベルをもとに、T13とクラス分けされたスミスは、近距離であれば色は見えるが、すべてがかなりぼやけていて、照準の合わないカメラを通して見ているようだという。

「それを説明する方法は見つけられるけれど、人々が本当に理解してくれるかはわからない」スミスは言った。

しかしゲイは、ラインが見えるかどうかは問題ではないと彼に言う。ただリラックスをして、もっと自信を持つこと、それだけでいい、と。

「とても速く走るひとたちとトレーニングをするには、毎日最大限の努力をするほかない、そうでなければ、かなりの遅れをとって、バカみたいに終わってしまうだろう」
スミスは言った。

彼はゲイの偏見のないアドバイスを受けているうちに、親交を深めていった。

「彼は本当に謙虚な奴だ」ゲイはトレーニングパートナのことをこう言った。
「利己的な考えからこう言っているんじゃない。彼のようなアスリートの存在は、力を伸ばしたいがために間違ったことをしている人たちにも、何かを見せているようなものなんだ」

スミスがより成長したいと思っていることは疑問の余地もない。

「僕は可能な限りベストでありたい、自分の能力を発揮したい、そういうタイプの人間なんだ」
スミスは言った。

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